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ゆめのたね | 〜ご縁・応援・貢献〜 あなたの夢を応援するインターネットラジオ局

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続・すべてを糧として生きること

Awareness 氣づき Consciousness 意識のお話

 

 

lsm.hateblo.jp

 

↑ ↑ ↑

の続き的な感じです。

 

 

 

 

 

たとえ自分を深く傷つけた人であっても、それも自分の心を見るために投影されたスクリーンの登場人物。

 

すべては自分事であって、人の責任・・・・・・他人事ではないのです。

 

それは、誰がよくて誰が悪いということではありません。

 

そこに起こるべくして現象は起こっています。

 

人間の観点から見れば全体性が見えないために、とても不条理に感じることであっても、宇宙的なスケールからすればすべては条理・・・・・・互いのために必要があって起こっていることなのですね。

 

でも、それは誰かがよくて誰かが悪いから起こっていることではなくて、お互いそのことを体験する必要性があって必然的に起こっていることなのです。

 

繰り返しますが、どちらが正しくてどちらが間違っている・・・・・・ということではありませんよ。

 

 

 

あっ、そんなことは頭ではわかっているけれど受け入れたくない!と感じる方は、無理に受け入れる必要はありませんからね。

 

どんなことでも・・・・・・スピリチュアルなことに於いてもそうですが、ご自分が受け入れたくないと思うことは無理に受け入れようと思わなくても全然いいです。

 

こうしなければならない・・・・・・と条件付けにしてしまうのは、内容的にはどんなによいことであっても、それは毒にもなりうるのでね。

 

あくまでもご自分の感じることに正直に在ってください。

 

それが一番大切なことです。

 

無理にその時に受け入れようとしなくても、タイミングが来れば自然にわかることもあります。

 

あの時に話していたことはこういうことだったんだなぁ~~~と思う時が来て、心から納得して腑に落ちればそれでいいのです。

 

タイミングは人それぞれで、それに早いも遅いもまったくありません。

 

中途半端にわかったフリをするよりも、わからなければわからないと素直に認めることができた方が、精神性の成長は早いものです。

 

自分は何でもわかっていると思う人は、成長の余地があまりありません・・・・・・。

 

自分はすべてのことを知っている訳ではないことを知り、他から学ぶ氣持ちがある人は、いくらでも成長の余地があります。

 

 

 

物事を自分の観点以上の拡がりのある観点で受け取ろうとする時、それまでの他人事としての捉え方とはまったく違った景色が見える様になり、新たな感覚が湧いてきます。

 

それこそが自他という境界線の消失です。

 

人生において起こることすべてが自分に与えられたギフトであり、それによい悪いという判断を加えているのは自分自身の認識に他ならないのだと実感を伴う形で知るのです。

 

 

 

人間はよいことが起こると喜びに浸り、その状態でずっといたいと願います。

 

そして、悪いことが起これば悲しみに浸り、その状態を拒否して早く離れたいと抵抗します。

 

喜び、悲しみ、楽しみ、怒り・・・・・・感情を感じることは何も悪いことではありません。

 

どちらの感情も人として当たり前に感じてよいものです。

 

それなのに、人は喜び、楽しみなどのよいと感じる感情を尊び、悲しみ、怒りなどの悪いと感じる感情を排斥しようと努力し続けます。

 

けれど、抱く感情は自分自身でコントロールすることはできません。

 

なぜなら、自分で考えているのではなく、自分の周波数、意識状態に共鳴してやって来るものだからです。

 

よいと感じる感情も、悪いと感じる感情も、どちらも感じるのが本来の姿なのです。

 

それなのに、様々な要因・・・・・・家庭教育や学校教育で社会のルールに従うことにばかり重点を置いて人間を育てるものだから、私たちの中に『●●しなければならない』という概念、思い込みが刷り込まれてゆくのです。

 

本当に自分が感じていることよりも社会や家庭のルールに従うことを尊ばれる環境にいると、次第に自分の意志を持って行動することができなくなってゆきます。

 

なぜならば、受け入れられるためにはその方が都合がいいからです。

 

それに、自分の意見を伝えても、常に否定され続けると心が萎えてしまい、次第に抵抗できなくなってゆくのです。

 

そうして、やがては自分の感じることを否定し、自分自身の存在価値を過小評価してゆくことにつながってゆきます。

 

自分の考え自体、または考えたことを発することを否定され、親の、社会のルールの方を尊ぶように教育されてゆくと、自分の考えることは大したことではない、ダメなんだな・・・・・・と感じるようになります。

 

結果、どういう場面においても自分の感じることよりも相手のニーズに応えることを第一義に考えることが最善のことなのだと無意識に考えるようになります。

 

顕在意識領域・・・・・・頭の中の考えは、自分のことよりも相手のことを第一義に考えて行動することをよしとしています。

 

潜在意識領域・・・・・・心の中では、本当の自分はどう感じているのかをもちろん知っています。

 

通常の場合は頭の中の考えが優勢となっている場合が多いので、本当の自分がどう感じているかということは蔑ろとされ続け、頭の考えに基づいて行動し続けます。

 

その状態が続くと、顕在意識と潜在意識がアンマッチな状態なので、氣づいて貰えない心の声の方は行き場を無くし、そのフラストレーションが理由のわからないモヤモヤ、イライラとして現れてきます。

 

 

 

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この世界には現象があるだけで、そこにはただ事実が事実として在ります。

 

しかし、人間はその事実を自分にとって都合のよい認識で捉え、自分にとって世間にとってよいのか悪いのかの判断をします。

 

その働きは習慣となっているので、自分自身で様々なことに対してジャッジしているとは思っていません。

 

認識というフィルターを通して現象を見ていることに氣づいていると、認識によってジャッジをしていたとしても、然して問題とはなりません。

 

ジャッジをすることによって起こる考えに翻弄されることがないからです。

 

しかし、氣づいていないと、自分の認識で捉えた世界がすべてだと感じますし、自己認識によって感じる考えによって大きく心が翻弄されます。

 

考えと自分がイコールとなっているからです。

 

考え=自分

 

しかし、考えは自分自身でコントロールできるものではありません。

 

考えは自分が考えていると思っている人が大半だと思いますが、観察していればわかることですが、実際はこう考えようと思って考えている訳ではなくて、考えはやって来る性質のものです。

 

考えは自動的にやって来るものです。

 

やって来るものなので、自分ではコントロールすることはできません。

 

考えというのは、本来は今の自分を知るためのセンサーのようなものです。

 

自分が起こっている現象を見た時にどの様に感じ、考えるのかによって、今の自分の意識状態がわかるのです。

 

人は無意識的にですがコントロールできる訳もないことをコントロールしようとしていて、できないことを自分がダメな人間だからなんだと思い込み過ぎているのです。

 

 

 

何かを感じた時、考えた時、時にとても下種な内容があったとしても、それを殊更に責める必要はないのです。

 

そういうことを考える自分は何てダメな人なんだろう・・・・・・と自分のことを責めて否定することにより、無意識的に自分の意識状態を低下させているのです。

 

自動的にやって来る、自分ではコントロールできないことをコントロールしようとしても、それは徒労に終わるだけです。

 

はぁ、しんど!!!本当に疲れる・・・・・・。

 

そりゃ、疲れますよね・・・・・・コントロール不能なことをコントロールすることに力を入れているので、本来力を入れるべき所に力を入れることができないのですから。

 

 

 

本当に力を入れるべきなのは、自分の意識状態を下げないようにすること、意識状態を少しでも高い状態に保つことです。

 

私たちは生きている人間なので、様々なコンディションによって意識状態は変動します。

 

目覚めのレベルが上がれば、コンディションによる変動は小さくなりますが、それでも肉体がある限りはまったく翻弄されないということはありません。

 

意識状態が低ければ、どうしても感情や考えに巻き込まれやすくなります。

 

冷静に考えようとしていても考えられなかったり、普段はとてもやさしい人なのにイライラして誰かに八つ当たりしたり・・・・・・

 

肉体のコンディションが悪かったり、環境要因によって意識状態が低くなると、普段ならそう思わないようなことを考えたり、感情的になったりします。

 

けれど、そうなることが悪いのではありません。

 

そうなったとしても、俯瞰した観点で意識的に見つめる習慣が身についていれば、今の状態が普段の状態とは違っていることに比較的すぐに氣づけます。

 

しかし、考え=自分となっている場合には、その状態に翻弄されてすぐに振り回されてしまうのです。

 

感情に闇雲に振り回され続ければ、そこに葛藤が生じます。 

 

そして、そういう状態が続けば、全体性の視点から俯瞰して物事を観ずることはさらに難しくなるでしょう。

 

 

 

今の自分が感じること、考えることをジャッジしていて無意識にコントロールしようとしていることに氣づくことが必要かもしれません。

 

次に、自動的にやって来る考えや感じることを『今の自分はそう考えるんだな・・・・・・』と、ただ見つめるだけに留めるようにすることですね。

 

意識状態が高くても、何も感じない訳ではなくて、感じるし考えるけれど、そのことに捉われ続けないだけです。

 

それは、自分が感じていることをそのまま見ているからで、無意識にコントロールすることがなくなっているからです。

 

反応してしまう自分、そう感じてしまう自分に翻弄されないで、そう感じたり考える自分をそのまま認める、受け入れる。

 

いい悪いのジャッジをせずに、自分の感じていること、やって来る考えをそのまま体験することです。

 

自分の反応を観察していると、いかに無意識にジャッジメントをしているかがわかるようになりますよ。

 

無意識だから止めることはできない訳で、意識して観察する中で氣づくようになれば、やがて手放してゆけます。

 

 

 

そうして自分で自分を縛っているものから解放されてゆけば、何も制限の無かった子供の頃のような、本質的な自分らしさを発揮することができるようになってゆくのです。

 

あなたも私もどちらもそれぞれに素晴らしい人で、本質の部分ではみんなやさしいのです。

 

どの人も、今はそういう状態にあるというだけで、その状態は常に変化しているものなので、この人はこういう人だと限定して、定義して見ることもありません。

 

過去・現在・未来という時間軸自体が幻想で、すべてが今に存在するので、そこにはただ現象が在るだけなのです。 

 

 

 

*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*+・+*

 

 

 

頭で考えたことではなくて、自動書記のようにただ流れる情報を書いたので、取り留めない内容ですが・・・・・・。

 

内容的にはとても大切なことだと思います。

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

Soul Creation Artist

眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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2017年3月28日 おひつじ座の新月 集合の祈り&無料一斉遠隔ヒーリング

お知らせ イベント告知

 

3月28日(火)はおひつじ座の新月になります。

 

 

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集合の祈り+αということで、

通常のお祈りに加えて無料一斉遠隔ヒーリング

を行います。

 

こちらは

エントリーしていただいた方に向けて

エネルギーをお送りいたします。

 

 

♪♪♪ どなたでもお申し込みいただけます ♪♪♪

 

 

新月&満月の集合の祈りは、

毎週木曜日に行っている

集合の祈りのLINEグループで

つながってお祈りするか、

意識を合わせてお祈りに参加します。

 

詳しくは下記のリンクをご参照くださいませ。

 

 

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今回の新月に向けて、私自身珍しく身体に出ています。

 

今日、フラフラで起き上がれなかったので、予定していた講座を直前でキャンセルせざるを得なくなってしまいました・・・・・・無念。

 

しかも鼻血が出たりして・・・・・・ハナヂ・・・( ̄Д ̄ )

 

 

 

身体も心もごっそりと入れ替わっているような・・・・・・そんな感覚。

 

デトックスというよりはもうそれこそメタモルフォーゼ〔変容〕してまったく別のものになっているような・・・・・・そんな感じなんですが。

 

こんなに身体に影響することって、私はそうないのですが・・・・・・本当に珍しく強烈です。

 

 

 

これまでより一層、こだわりがなくなり・・・・・・境目が、境界線が消失するような感覚・・・・・・。

 

こだわりも、抵抗も、自然と消えてゆくような・・・・・・。

 

私が私を生きるための新たなお誕生日を迎えるような感覚です。

 

 

 

そういう感覚の中で、明日はお祈りをいたします。

 

もしよろしければ、ご一緒いたしましょう。

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

Soul Creation Artist

眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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すべてを糧として生きること

Awareness 氣づき

 

言葉って難しいですね・・・・・・(。σω-。)⋆*ೃ:.

 

本当にその方のことを慮るつもりでかけた言葉であっても、結果的に相手を傷つけてしまうこともありますね。

 

そういう時、本当に切なくなります。

 

 

 

私は人生の長い時間を、相手を傷つけたくない・・・・・・と思いながら、人との関わりを最小限に留めようとしてきました。

 

けれども、人と関わって行くということは、そういう体験の繰り返しで、そういう体験の中で相手を知り、自分を知ってゆくものなのだと思うようになりました。

 

誰も傷つけなくない、自分も傷つきたくない・・・・・・だけと、そこで立ち止まっていても、何もわからないな・・・・・・とも思うのです。

 

だからこそ、もしも最初から相手を傷つけようとしていた訳ではないけれど結果として傷つけてしまったとしても、その体験を無駄にはしないように、その体験から少しでも学べる自分でいたいな・・・・・・と、心から思います。

 

そして、お相手に直接謝辞を伝えられるか否かはともかくとして、自分自身の言動をいつでも省みることを忘れないように・・・・・・と思います。

 

開き直るのではなくて、ちゃんと『ごめんなさい』と言える自分でいたいなと思います。

 

 

 

明らかに失言・・・・・・ということも、もちろんあるかもしれません。

 

しかし、どれだけ氣をつけていたとしても、それぞれ人によって認識が異なっている訳ですから、そういうつもりで発したことではなかったとしても、受け取る側がどの様に捉えられるのかはわかりません。

 

氣づかないうちに自分の言動が相手の心に刺さってしまうことは、どんなに正しいことをしていると思っていたとしても必ずあることです。

 

自分が正しいと思うが故の言動でも、それが客観的に見た時にどれだけ正論であっても、お相手が受け取れない状況にある場合には凶器にもなり得ます。

 

お互いのベクトルが違うので、キャッチボールにならないこともあると思います。

 

人それぞれに考え方は違う訳で、それぞれの立場でそれぞれに正しいのだから。

 

不用意に自分の中の正義で人を追い詰めてはいけないな・・・・・・氣をつけたいな・・・・・・そんなことを思いました。

 

 

 

言葉って難しい・・・・・・

 

けれども、体験の中で学んでゆくことを怖れてばかりでは、いつまで経ってもスキルは上がりません。

 

本当に誰かを傷つけたくないのであれば、逃げていてはダメだなと思うのです。

 

本当に傷つけたくないと思うのであれば、少しでもたくさん人との関わりを持ってゆくことなのかなと。

 

人との関わりの中で色々なことを感じてゆくことや、自分自身のことをもっと知ってゆくことが必要なのだと思うのです。

 

誰も傷つけなくないからという理由で閉じ籠もるのでは、いつまでも同じことの繰り返しでしかありません。

 

 

 

言葉は人を傷つけてしまうこともあるけれど、勇氣を与えることもできるものだから。

 

立ち止まらないで、躊躇わないで、勇氣を出して歩き続けよう。

 

コミュニケーションを大切にしよう。

 

昨日傷つけてしまった人から教えて貰ったことを糧に、明日は誰かに勇氣を与えよう。 

 

それが、きっと今の自分にできること。

 

 

 

私たちの鏡として現れてくれた人が、身を以て教えてくれたことに対して、真心からの『ありがとう』を忘れずに、挫けないで、躊躇わないで、前へと歩いて行くことが、最大限の感謝の心の表現になるのかなと思っています。

 

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

Soul Creation Artist

眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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春めいてきましたね^^

おしごと

 

昨日、セッションにいらしてくれた方がお花を持ってきてくださいました

 

春を感じさせてくれるやさしくてかわいいピンク

 

とってもかわいい~ありがとうございました^^

 

 

 

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聖なる存在からのメッセージを基に、今引っかかっていること、どうしてそうなるのかわからないけれど前に進むのを阻んでいることを紐解いてゆく形のセッションとなりました。 

 

今回は大天使ラファエルからのメッセージでした。

 

大天使ラファエルといえば、癒し・・・・・・肉体、精神の癒しをイメージしますが、それだけでなく、魂レベルの癒しや成長、進化向上へのサポート、旅の守護者としての側面も持ち合わせています。

 

 

 

いつもメッセージを受け取る時に感じてしあわせになるのですが、聖なる存在たちはとてもやさしく見守ってくださっているのです。

 

私たちが氣づいていなくても、いつもいつも、私たちの魂がより光輝き、肉体次元を自由に体験することを助けてくださっています。

 

それは、本当に見守る愛で、私たち人間の自由意志を脅かすものではありません。

 

彼ら?は私たち人間の体験をサポートはしますが、それは従属させて依存させるためではありません。

 

むしろ、私たち人間が肉体を持ちながら、自分自身の中に宇宙があり、意識がすべてを創り出していることを体験として知ってゆくため、そしてお互いを尊重し合いながら自らを信頼してゆくことを助けるために働いてくださっています。

 

そういう彼らは当然ながら、その人がどのような状況にあったとしても、それをジャッジすることはありません。

 

そして、こうしなさい、ああしなさいと命令のように指図することはありません。

 

その人の人生はあくまでもその人の人生であり、そういうバラエティを生きているというだけなので、どちらを選んだとしてもいい悪いの判定をすることはないのです。

 

もし、そういう・・・・・・こうしなさいだとか、こうするべきだとか、そういう強制的なメッセージが来たとしたら、それは高次元を騙る成りすまし的な存在でしょう。

 

自立、自律を促さずに、メッセージやセッションに依存させてしまうものは、神を騙る者であり、高次元存在ではありません。

 

 

 

私はただ器として、オラクルとしてそこに存在します。

 

ただ現象としてそこに在ります。

 

ただの器・・・・・・導管なので、セッションの際に何が起こるか、どうなるかはまったくわかりません。

 

ただ、その時、その場、その人に必要なことが起こります。

 

そして、それはどのような形であったとしても、間違いなくそれぞれの方の魂の自律、自律を促すものとなっています。

 

 

 

 

 

聖なる存在のメッセージを基に、お心を整理整頓するセッションをさせていただいています。

 

 メッセージカードのお渡し + セッション

 

セッションは、聖なる存在からのメッセージの内容をさらに咀嚼して落とし込むためのものです。

 

聖なる存在とつながり、どういう意図でメッセージがもたらされているのかをわかりやすく紐解いてお伝えしてゆきます♡

 

 

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

Soul Creation Artist

眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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すべては最高最善なのだから

Awareness 氣づき Consciousness 意識のお話

 

色んな道を行く人がいる

 

どんな道でも

その人にとっては最高最善で

 

私が歩む道も

私の人生としては最高最善なの

 

周りから見たら

ドン臭くて泥臭くて格好悪いものでも

失敗しているように見えても

それが私の生きる道

 

人からどれだけ批判されたとしても

その批判する人たちは

私たちの歩む人生の責任を

取る訳でも何でもないのだから

 

自分がどうしたいのか

どう在りたいのか

何を感じるのかを素直に感じて

自分自身に正直でいようと思う

 

どんなに偉そうな人が

私の歩む道を違うと言ったとしても

この世の中に正解なんてないのだから 

私は私を生きることを

躊躇せずに進んで行こうと思います

 

私は誰かの

こういう所がダメだと

いうのではなくて

こういう所が素敵だねって

いい続けてゆきたい

 

自分の素敵と他の人の素敵とを

見つめて人生を歩むと決めたの

 

誰もがダメではないし

誰もが素敵な所を持っている

 

素敵な所を伸ばし合う

違いを認め合う

そういう生き方の中で

リラックスして笑っていたい

 

 

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真理・・・・・・

それが人をがんじがらめにするのなら

そんなものは要らない

 

それは神離・・・・・・

分離し神から離れること

 

私たちは

誰かを仰いだとしても盲信せず

自分自身の内にすべてがあること

 

自分自身が神・・・・・・

自分自神なのだと感じてゆくために

様々なバラエティの体験をしている

 

私もみんなも神様なので

誰が偉くて誰が偉くないなんて

まったくない

 

教える人が教えられ

教えられる人が教えている

 

与える人が与えられ

与えられる人が与えている

 

その極々当たり前のことを忘れて

伝えることに行うことに

驕る氣持ちを持つのなら

 

神から離れ

分離を生きることになるだけ 

 

あなたも私もみんな

誰もが素敵な人ですよ

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

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眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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理由ばかり考えないで楽しもうよ♡


人はすべての事象に何らかの理由を見出だしたい生き物ですね。


でも、理由なんていくら考えても、それはどこまで行っても推測でしかありません。


ただ事は起こっている、以上!ってことなので。




なので、どうしてそうなるのかとか、何で自分が・・・・・・とか、そうなる理由なんて深く考えないで、ともかくやってしまえは、丸っとそのまま体験すれば、100倍楽しいですよ~~~♪♪♪


考えてしまうと、そこで立ち止まってしまうので、流れが止まってしまうから。


考えないと決断出来ない時は、まだタイミングではなかったり、しなくてもいいことが多いです。




で、理由を考えないでともかく行動していると、不意に今の行動の裏付けみたいなのがやって来たりするものです。


探していた訳でないけど不意に答えがやって来た時、超☆感動します!!!


まぢ!?


宇宙~~~超お茶目じゃん☆


って~~~♪(*^〇^*)♪


だからまた楽しい♪♪♪


そんな感じでリラックスしていた方が、力んでいない方が、自然な流れに・・・・・・宇宙の導きに乗ってゆきやすいのだと思います。




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深慮するって、いい場合もあるかもしれないけれど、時に瞬発力が必要なこともあります。


だって、チャンスなんて2度訪れないですからね。


すべてのことが一期一会。


理由ばかりを考えていると、タイミングを逸してしまうかもですよ。


 

 

 

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眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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宇宙的元旦な春分を越えて ~これまでのこと、これからのこと~

Relationship パートナーのお話 Awareness 氣づき Spiritual experience スピリチュアルな体験

 

宇宙的な元旦な春分を越えて

 

何だか色々ありながら春分を迎えましたが、氣づきがあったのはとても深い内面的なことで、現実的なことは至って普通の日常です。

 

旦那さんと過ごす日常。

 

ワークなどをしようという氣にならなかったので、何の特別なこともなく、ただ穏やかに静かに迎えて過ぎました( 〃▽〃)ハハハッ

 

 

 

先日の母方の先祖の解放ともリンクしている部分もあるのですが、旦那さんとの関係の中で氣づかされたことについて記しておこうと思います。

 

 

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子供のままでいられなかった少女時代

 

私は環境的に早くに大人にならないといけないと思ってしまった子供でした。

 

元々は天眞爛漫で無邪氣そのもので、ワンダラー的な記憶・・・・・・地球の変容のために働く!!!という思いがすごく強かったのですが・・・・・・

 

環境要因で、そういう自分のことを隠さなくてはならなくなって、そういう思いはあっても、自分にはことを成すことは無理なんだと思うようになってゆきました。

 

そして、世間のペースに巻き込まれるようになり、頑張らないといけない、頑張らなければ、役に立たなければ愛されないと思うようになりました。

 

そして、ちょっと変わっていて天然だった私が、そのままの自分ではダメなんだと思うようになりました。

 

不思議ちゃんのままではダメたから、何とか常識的になろう、無理して早く大人の対応ができるようになろう・・・・・・ちゃんとした人になろうとし続けてきました。

 

そこにはいつも今の自分には何かが足りていない、できていないという思いが前提にあり、その足りなさや至らなさを何とか埋めようと、無意識に頑張り続けていました。

 

でも、当然のことながらできないこともたくさんあります~~~

 

けれども、できる自分は当たり前とされ、できない自分を責めることが心の中で常態化していました。

 

本当はのんびり屋で頑張ることの苦手な私が、自分自身で『このままではダメなんだ』と叱咤激励し続けて、ずっと走り続けてきました。

 

まぁ、かなりの無理ゲーです。

 

結果、自分の人生を生きるための力はドンドンと削がれてゆきました。

 

やがて、生きていること自体に意味を見出だせなくなってゆきました。

 

どうして自分は生きているのか?人は何のために生まれて死んでゆくのか・・・・・・

 

そんな答えのない問いを、いつも自問自答している学生時代でしたね~~~(闇)

 

(表面上はそうでもないけど、内面はめちゃくちゃ陰氣で引っ込み思案な人でした)

 

 

 

 大人になっても引き摺りながら生きる

 

そんな人間でも、社会的には精一杯頑張ればそれなりに何とかなり続けていました。

 

狭い社会の中ではありますが、会社の中では論理的に考えてマルチタスク的にやれていたので、自分はそういう人間・・・・・・マルチタスクで左脳的な人間なのだとずっとそう思っていました。

 

恐らく、周りの人たちも私のことを、根性があってマルチタスクで楽々と何でもやってのける人という様に見ていたと思います。

 

そう見えるように、めちゃくちゃ努力していたんですけどね。

 

けれど、努力していると解るのは美学に反するので、わからないように努力の跡が見えないようにしていました。

 

 

 

 自分の努力が何だったのか・・・・・・思い知らされる

 

ところが、旦那さんと結婚してみると、旦那さんがナチュラルマルチタスク

 

先天的に自然にマルチタスクでとても視野が広く、めちゃくちゃ動ける人でした。

 

旦那さんは本当にめちゃくちゃ自然に氣が利く人なんです。

 

色んなことが見えているんです。

 

何でもナチュラルにこなしていて、それがまったく苦にならない旦那さんを見ていると、自分がこれまでいかに無理をしてその役割を演じてきていたのかを思い知らされました。

 

私が彼と同じように行動することは、やろうと思えばできなくはないでしょう。

 

しかし、そのためには相当な努力が必要であり、神経をすり減らす様にして張り詰めていないと同じことができないのだとやがて悟りました。

 

旦那さんにはとても自然に当たり前にできることが、私にはとても同じ様にはできないことを思い知らされました。

 

 

 

旦那さんの言動を見ていると、自分が本当は自然にできるマルチタスクの人間ではなかったんだな・・・・・・本当はそうではないのに無理矢理そういう設定にして、役を演じていたのだなと思い知らされます。

 

無意識にですが、理想の状態になるべく努力に努力を重ねてそうしていたのですよ・・・・・・さすがやぎ座♑スピリッツ!ど根性ですね!

 

マルチタスクでテキパキとこなして行くスタイルに憧れて、理想の状態に在るためにとてもとても無理をしていたんだな・・・・・・頑張っていたんだな・・・・・・と、次第に氣づかされてゆきました。

 

誰もそんなこと頼んでもいないし、望んでもいないのに・・・・・・

 

そうでなければ受け入れられないし、認められないと勝手に思っていて、頑張っても自分が思うように認められなかったら、ドンドンと怒りを溜め込んで・・・・・・

 

そういう一連のこと、どこかでは氣づいていたけれど認めたくはなかったことを、どうしても認めざるを得なくなった時、それまでの自分の空回りの人生を振り返り、アホ過ぎて苦笑い・・・・・・(;^ω^)

 

めちゃくちゃ自作自演劇場過ぎて、滑稽過ぎて笑ってしまう(爆笑)

 

 

 

 自作自演の末に・・・・・・ようやく手放せたこと

 

そんなアホな自分が長年握りしめていた思い込みが解かれると、そこにはただ愛されたいと願う小さな子供の私がいました。

 

ワンダラー的な性質が強くて周りの人たちと感覚が全然違っていたので、分離感が強くて孤独を深めていたのです。

 

誰にも本当の思いをわかってはもらえない・・・・・・それは一番身近な母親との間でもそうでした。

 

本当は愛されているけれど、愛されていることを感じられずに、孤独を感じて愛を求めて踞っている小さな子供の私。

 

ただ受け入れられたい、愛されたいと願う自分の本意を受け入れることは、愛されていないと感じることを認めることになるので認めたくなかったんですね。

 

 

 

この氣づきにより、これまでの私の古いアイデンティティは死を迎えました。

 

 

 

 旦那さん自身が神様だった!

 

旦那さんとふたりで生きるようになって、ようやく自分の強さも弱さもどちらの私も受け入れることができるようになりました。

 

なので、旦那さんは神様だなぁ~~~と思うのです。

 

そうして旦那さんを神様だなぁ~~~と思うようになってから、周りの人たちもみんな神様なんだなぁ~~~と、段々と思うようになりました。

 

 

 

旦那さんは神様みたいな人です。

 

どんな私のことも、そのまま丸っと何の分け隔てもなく受け入れてくれました。

 

そこには何の条件付けもありませんでした。

 

私とは正反対の性質の旦那さんと共に暮らす中で、多くの氣づいていなかったこと・・・・・・無意識の言動に氣づかされました。

 

旦那さんと一緒にいることで、旦那さんの格別のやさしさに触れることで、これまでのように無理して頑張らなくてもいいんだな・・・・・・と次第に思えるようになってゆきました。

 

私は、本来の私、おっちょこちょいで天然で、直感と感性だけで生きている、だいぶ変人なままでいいのだと心からそう思えるようになりました。

 

 

 

無理して頑張って綺麗な部分しか見せないようにしていた時には、自分の中のスピリチュアルな感性は、とてもとても堅く閉じていました。

 

なぜならば、自分に向いていない生き方を全力でしていて、祖母や母がしていたように負の部分を無理矢理ねじ伏せていたので。

 

そこにものすごい労力を使っていたので、クタクタでそれどころではないというのか・・・・・・

 

現実を生きること以外の、精神の探求に割いているエネルギーがまったくなかったのです。

 

その時、その時の状況を乗り切るだけで精一杯でした。

 

きっと自分ひとりで生きていたならば、少なからずそういう状況が続いていたのだろうな・・・・・・と思います。

 

母の病氣をきっかけに少しずつではありましたが心の眼は開いてきてはいました。

 

けれどもいつもいっぱいいっぱいで、現実を生きることの方ばかりにどうしても意識が向きがちでした。

 

元々、超不器用なので、どちらかになっちゃうんですよね。

 

それが、旦那さんと共に生きるようになってから、精神的に非常に安定したこともあり、私の中の感性が加速度的に開いてゆきました。

 

無意識に張り詰めていた心が緩み、解き放たれたことで、自分を自分以上に見せようと頑張っていたことにようやく氣づき、そこから解き放たれました。

 

そして、自分を自分以上に見せようとしなくてもいいし、そのまま、ありのままで無条件に愛されることをはじめて知りました。

 

そして、これまでの私の古いアイデンティティは死を迎え、旦那さんの無償の愛のお陰様で新たに生まれ直すことができたのです。

 

 

 

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 ふたりで生きる上で大切にしていること

 

旦那さんとはお互いを大切に思う氣持ちや感謝をちゃんとお互いに口にして伝えています。

 

もちろん、時には意見の違いもありますが、自分が悪かったと思うことはちゃんと謝りますし、どうしてそういうことを言ったのか、そういう氣持ちになったのかを、ちゃんと伝え合って語り合ってきました。

 

そういうことってとっても大切だと思います。

 

それに、お互いのしようと思うこと、やりたいことを尊重しています。

 

勝手にするのではなく、どうしてやりたいと思うのか?など思いをちゃんと伝え合います。

 

相手を思い遣りながら信頼関係を深めてきました。

 

 

 

旦那さん自体が恩寵でした♪♪♪

 

旦那さんに出逢う前までは、外側の条件にどこか拘っていて、とてもシビアに相手を見ている部分がありました。

 

(何様だよ・・・・・・ですね(×_×))

 

ですが、妥協はできないと思っていました。

 

自分が心からこの人ならば・・・・・・と思う人でなければ絶対に嫌だとは思っていましたね。

 

旦那さんに出逢うまでに、色々な恋愛に対するジャッジする氣持ちを感じて解放してもいました。

 

何か知らないけどそういう流れになったからなのですが。

 

その中で、自分がいかに人を心の中で裁いていて、自分の中の正しさに拘っていたかに氣づいてゆきました。

 

 

 

私にとって旦那さんは、神様からいただいた最大のギフトです。

 

様々なターニングポイントがありましたが、旦那さんと出逢い、ふたりで生きることになったことが私の眼を開く大きな転換点となっています。

 

はじめて出逢ったのが11年前の3月19日でした。

 

長いようなあっという間のような11年でした。

 

 

 

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 これから大切にしてゆきたいこと

 

かつてメンターに言われた言葉

 

『この世は修行ではないよ』

 

かつて人生を修行なのだと捉え、耐え忍ぶしかないと思っていた時に言われた言葉でした。

 

本当に今、そう思います。

 

過去の記憶に関する色々な氣づきはこれからもあると思います。

 

それに関してこれからも書くことはあると思います。

 

でもでも・・・・・・

 

宇宙元年を迎えて、さらなるクウォンタムジャンプを迎えるにあたり、これまで残っていた修行モード的な感覚を脱ぎ捨てて、さらに軽やかに、晴れやかに、ゆるやかに、柔軟に生きます。

 

それと、(内面的に)ふらふらと何をするのかが一向に定まらない感覚なことを、これまでどこかで否定的に捉えていた所があったのですが、そうであるからこそ、筒に徹することができるのだしメッセージを純粋に受け取ることができる部分もあるのです。

 

それも自分の特質なのだと受け入れて、そのまま導かれるままにふらふら~~~と直感の赴くままに進もうと思います♪♪♪

 

宇宙の流れに自然に流されます^^

 

 

 

 

 

 

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~with all of my heart~ 

 

Soul Creation Artist

眞穂乃 -MAHONO- (*^O^*)

 

 

 

 

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